ジャックログ 2chJacklog

ジャックログは 2ch ニュース まとめサイトです。

トップページ > 酒鬼薔薇聖斗

酒鬼薔薇聖斗

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
元少年A 逮捕迫る!
捜査当局が絞り込む
2つの犯罪
元少年Aは超例外的措置で新しい姓名を与えられ、医療少年院退院後は複数の保護司から手厚くサポートされてきた。
国家によって徹底的に守られてきたのだ。だが今、Aは被害者遺族に無断の手記発売とホームページ開設という“暴走”を始めた。
国家はそこまで寛容ではいられない。警視庁はAによる2つの犯罪行為を掴んでいた!







【【酒鬼薔薇】元少年A逮捕クル━━━━(゚∀゚)━━━━!!】の続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
no title

神戸市で1997年に起きた連続児童殺傷事件に関して、14日発行・発売の「週刊ポスト」(小学館)が、加害男性の当時の顔写真と、実名を明らかにしたとする記事を掲載していることが同日分かった。

記事は、男性が事件を起こすまでの経緯や現在の心境をつづった手記を出版したことなどに触れ、その内容について犯罪学者らによる分析を載せている。

【【社会】週刊ポストが1997年に起きた連続児童殺傷事件の加害男性の実名と当時の顔写真を掲載】の続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
20150913-00000081-spnannex-000-2-view

爆笑問題の太田光(50)が13日、TBS「サンデージャポン」に出演。1997年に 起きた神戸連続児童殺傷事件の加害男性を名乗る人物が開いたホームページ(HP)について「ダサダサじゃない、こんなの」と切り捨てた。

 同HP上のプロフィルには、「1997年 神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)を起こし、医療少年院に収容される」などと書かれており、自身のものとみられる半裸で下半身が下半身がサソリになっている画像や、全裸でなめくじのようなものにまたがる画像が掲載されている。太田は「自分が特別だと思っているんだろ。この表現がいかに平凡かってことにわかってないんだよね」とバッサリ。「センスがあると思っちゃっている。
ダサダサじゃない、こんなの」と嫌悪感をにじませるようにして吐き捨てた。

 同HPを開設した人物が神戸連続児童殺傷事件の加害男性かどうかは不明だが、元少年Aと称する人物がホームページのURLを書いた手紙を「女性セブン」「週刊文春」「週刊新潮」に送り付けていた。

【爆笑問題・太田光(50)酒鬼薔薇事件の「元少年A」HPをバッサリ「ダサダサじゃない、こんなの」「 自分を特別だと思ってる」】の続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
20150911-00000003-pseven-000-0-view

神戸連続児童殺傷事件の犯人・酒鬼薔薇聖斗こと元少年A。今年6月に手記『絶歌』(太田出版)を出版したこの元少年Aが、女性セブン編集部に手紙を送ってきた。
そこでは自らの公式HPを開設したことが明らかにされるとともに、当初手記を出版する予定だった幻冬舎の見城徹社長とのやりとりが書かれていた。
あるテレビ番組で見城氏を知ったAは、彼に心酔。見城氏に手紙を送り、自らを売り込んだのだ。

女性セブン編集部に届いた手紙には、Aの売り込みに対して見城氏が書いたとされる返信も続けて載せられていた。

《私は元少年A[酒鬼薔薇聖斗]という著者名で本を出す気持ちはありません。
喩え、最初は商業的に失敗してもあなたの作品は本名は無理でしょうからペンネームで出されるべきだと考えます。

すなわち、フィクションまたは、実録暴露物ではないノンフィクション作品を書くべきだと思います。
かつての匿名の犯罪者の名前を冠して何かを書くというのは、私は賛成しかねます。
もしそれでよろしければ、もちろん私も関わりますが、うちの担当編集者チームによって出版を目指すということにやぶさかではありません。

(中略)
それはあなたにとって地味な作業になるだろうと予測されますが、表現の真っ当な道だと思うのです。
湧き上がる衝動を実際に現実化させない為に想像力としての「犯罪」である表現はあるはずです。

(中略)あなたの望んでいることの中に、センセーショナルな商業的な成功が含まれているとするならば、私と私の会社は不適任かもしれません。

弱気な言葉のように聞こえるかも知れませんが、私は懸命に昼の世界に生きるそれぞれの溜息と人の良さを受け止めて生きてきたつもりです。
社員を含めて守るべき人達もいます。あなたと少しでも関わる以上、今、述べてきたことは譲れない一線だと考えています》

手紙ではその後、Aと見城氏との7通の私信のやりとりの公開が続く。

2013年初頭、Aは見城氏と編集者3名からなるプロジェクトチームと顔を合わせ、本格的に『絶歌』の執筆作業を始めた。
原稿が形となったのは2013年末。以後、打ち合わせを重ね、修正を繰り返していた。

しかし今年1月、Aにとって転機となる出来事が起きる。『週刊新潮』で手記の出版計画が報じられたのだ。
同記事には出版に強く反対する遺族の肉声が掲載された。これがきっかけで出版社内でも慎重論が盛り返し、Aの心は揺れ動く。Aはこう記した。

【【今の売れ行きに不満?!】酒鬼薔薇聖斗こと元少年A「手記は100万部売れる」と豪語!】の続きを読む

このページのトップヘ